
| 名前 | 絹川 琢也(きぬがわ たくや) |
| 生年月日 | 昭和63年3月9日 |
| 出身地 | 大阪 大阪市針中野育ち |
| 居住地 | 今里に妻・娘4歳の3人暮らし |
| 資格 | 理学療法士 障がい者スポーツ指導員 |
| 住んだ経験 | 広島・東京・千葉・埼玉・三重 |
| 趣味 | 格闘技観戦 家族とディズニーやお出掛け おいしいものを食べること♪ |
| 職務経験 | 訪問営業 デイサービスでの介護・運動指導員 整形外科病院リハビリ科主任 |
施術に対する想い
自分自身が肩の筋肉を損傷し、リハビリ・入院・手術を経験。そこで多くの医療従事者が自分ではなく、パソコンと話していることに違和感がありました。
またデイサービス勤務時には、メニエール病、めまいや耳鳴りも患っていました。
その経験から患者さんを第一に、説明や問診を大切にしています。
今まで多くの患者さんと出会うことで私自身の成長だけでなく、子どもも育てていただいています。
仕事や家庭で忙しい中でもお時間を作って体を大事にされていることに感謝しています。
これからもご縁ある出会いを大切にしながら、体だけでなく介護相談など、もっと皆様の人生も良くなる為のお手伝いをしていけたらと思っています。
私はなぜ治療家になったのか?
私は中学・高校と硬式テニスに打ち込んでいました。そして大学ではフットサルチームを作り熱中していました。
そのように過ごしていた20歳の冬、人生の転機が訪れます...
スノーボードにいきパイプの練習で肩を何度も打ちつけ痛めました。
大阪に帰って数週間しても痛みが治まらず整形外科にいくと、ただの打撲だから電気治療と湿布で治るよと言われました。
それから数ヶ月たっても治らず、大阪市立大学病院へ。
MRIを撮り診察を受けると「肩の筋肉が断裂しています」と言われ結果は腱板断裂でした。
それからリハビリに通うも肩の状態もわからず、改善が見られなかったため手術を選択。ただ手術の説明も曖昧だったため、術後のリハビリもなく、痛みや違和感に10年ほど苦しみました。
気が滅入り、ストレスで胃が痛くもなりました。
この時の経験+めまい・耳鳴りを経験したこと+理学療法士として整形外科勤務時に病院に行くようになってからでは遅いと実感したため、治療整体院の治療家になる決意をしました。
信条は、「身体の心配事から解放する」
また私が病院でしっかりと身体の説明を受けられなかったことから、私のような人を減らしたい想いで、問診・説明を1番に重視し、患者さんファーストで治療に携わっています。



